Teachers' blog

2014年5月3日(土)

【雑多であり、自由であること。其の三】

Theme:Rintaro

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(Contributed by Rintaro)

雑多であり、自由であること。其の三

(前回の続き)

他にも、道端に座り込んで道行く人の往来をじっと見つめている人をよく見かける。何かしらの商売をしているが閑古鳥なのだろう。これは夜になるとまた違う様相を見せる。日本でいうところの一体何に当たるのか、屋台でもなければ露店でもない(固定された場所にあるので)、しかし「店」と呼ぶにはどうも見た目がオープンであり・・・、と書いていて今思いついたのは日本の商店街によく見られる、昔からあるタバコ屋だろうか。それに駄菓子屋の要素、そして少しだけ、これは本当に少しだけだが、コンビニ的なものを足したものが夜になるとあちらこちらで見ることが出来る。

大体34人の男性が備え付けのベンチに寝転びながら、アンテナが頭からつきだした古いブラウン管のテレビを見つめている。サッカーが人気らしく、漏れてくる音声は大体サッカーの中継が多い。試合の盛り上がりに合わせて声を張り上げることもたまにあるが、大抵は英語でいうところのChilling(=まったりとしている?)な雰囲気だ。

自分は高校を出たばかりの時、2年ほどフリーターをしていたが、その時にコンビで働いていたことがある。いわゆる夜勤だ。夜の9時に入り、そして朝の6時に終業という、まさに昼夜逆転のスケジュール。そんな中、やはり暇になる時間がやってくるわけである。夜の3時にランチタイムと同じ客量があるわけない。それでも店長が一緒にいるときは何かしらやることを言いつけられたし、「暇を持て余す」なら何かやることを見つけろという、いそいそした強迫観念にも似たものをよく感じたものだ。

このように改めて考えると、まるで別の次元に住んでいる人の話をしているような気がする。実際そうなのだろう。

越してきてから1ヶ月以上たった。数字は1000までは何とか(本当に「何とか」)数えられるようになったが、買い物では店員さんに何回も繰り返してもらう程。日々目にするものがまだまだ目新しいこの時期、なるべく目を見張って色々なものを観察していこうと思う。

 
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