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2014年5月14日(水)

【考えないことの楽さ、そしてその代償(1)】

Theme:Rintaro

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(Contributed by Rintaro)

考えないことの楽さ、そしてその代償(1

 最近はずっと哲学的な文章が続いているが、今回も少し小難しくなりそうなので、あまり仕事帰りの方におすすめできる内容ではないかもしれない。

 さて、以前「知る」、そして「識る」という行為について4回ほどに分けてお話させてもらった。何かを学ぶ際、必要以上に苦労を被ることはないが、かといって答えに向かって最短の道のりばかり探していても自分のためにならない、といったような内容であった。今回は何かしらの情報に初めて遭遇した際のことではなく、何かの行為のまっただ中、その時にどう「考える」べきなのか書いてみたい。

 基本的に僕が思うことは以下の文章に全て要約されている。Ayn Rand という、ロシアで生まれ、以降アメリカに帰化した女性作家の代表作、The Fountainhead という小説からの抜粋である。

“What would happen to the world without those who do think, work, produce? Those are the egotists. You don’t think through another’s brain. And you don’t work through another’s hands. When you suspend your faculty of independent judgment, you suspend consciousness. To stop consciousness is to stop life.”

 訳してみよう。

「この世の中に考える人間が、自らの仕事を自らこなす人間が、そして何かを創り出す人間がいなかったら世界はどうなってしまうのか。彼らこそが本当の意味でのエゴイスト、つまり自らの能力を大いに理解し、それを惜しみなく出しきる人間たちだ(注:この部分は大いに意訳させていただく。本文ではEgoTist、とあるが作者本人の前書きに実はEgoistを意図したのだ、という一節がある。そしてこのエゴイスト、という言葉も、普段皆さんが思い浮かべるような意味とは違ったニュアンスで使われているため、それを補足するためにあえて意訳させていただいた)。彼らは他の人間に自らの思考を任せたりはしない。彼らは他の人間に自分の仕事をさせない。他者からの影響を受けずに独自の判断ができない人間は、その意識をも停止させてしまっていることに他ならない。そして意識を停止させる、ということは、自らの命を絶つことに等しい。」

 と、まずは上の段落、特に原文の英語をままで読み、そしてご自身の頭でじっくり考えていただきたい。

(続く)

 
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